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NPO法人IFE

日本語教師の窓

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お便り 45 - 3月後半

山下先生 編

3月16日(月)「ジャパンハウス前の建築現場」

ジャパンハウス前の建設現場2月13日から始まったジャパンハウス前の工事、何を作るのか未だにわかりませんが今日ものんびり作業しています♪1ヶ月程が過ぎ、基礎と周囲の壁はほぼ 出来た?様子。時々古いタイプのダンプカーが砂や土を置いていきます。日本だったらもっと早いんだろうなあ、なんて思いながら今日も屋上から眺めていまし た。いったい出来るのはいつになることやら…

3月17日(火)「ベナン時間」

ジャパンハウス前の建設現場今日はゾマホンさんに連れられてみんなで昼食と買い物へ。13時半ごろジャパンハウスを出ました。

いつものレストラン「ママベナン」へ行く前に給油のためガソリンスタンドへ。1件目ではガソリンがなく断られ(ベナンではよくあることです)、2件目で給油。店員がモタモタしていてなかなか終わりません。30分ほどかかりようやく給油完了!ママベナンへ。

ママベナンではいつもの料理を注文。ここの料理は作り置きしてあるのでお皿によそうだけ。それをレンジでチンすれば終わりのはずなんですが、これがなかなか出てこない。食べ終わって店を出たのは15時半近くでした。

このあと買い物に行くのかと思いきや、ゾマホンさんが大統領に話があるらしく大統領官邸へ。私たちは車の中で待ちました。しばらくしてゾマホンさん、大統領の補佐官という人を連れて戻ってきました。その方と挨拶して、さあ、帰るのかなと思いきや、またどこかへ行ってしまいました。

いい加減くたびれ果て車の中でみんなして寝ていましたが、ふと時計を見ると17時45分。今晩7時から私の担当JKクラスのテストがあります。ああ、間に合わないかも…そう気をもんでいた頃、ようやくゾマホンさんが戻ってきました。

今度は買い物です。私はもう近所のスーパー「トルネード」、いやいや、買い物なんてどうでもいいから、私だけでもジャパンハウスに戻して!という気持ちだったんですが、ゾマホンさん「ベナンで一番大きいスーパーマーケット、みなさん行ったことないでしょう?行きましょう!」なんて言い出して、ちょっと遠いところにある大きいスーパーへ。

買い物している間も気が気じゃありませんでしたが、18時40分買い物が終わりスーパーを後に。このままいけばギリギリ間に合うぞ!

今日のドライバーはフィルメンさんじゃなくてイレネさんという新しく来た人だったんですが、そのイレネさん、帰る途中道の脇に車を止め買い物を始めました。しかも交渉がうまくいっていないようで、時間は過ぎていきます。19時5分前、交渉がようやく終わりジャパンハウスへ!急げ!

ジャパンハウスに着いたのは19時5分。生徒のみなさん、どうか帰らないで!と祈りつつ教室へ…みなさん待っていてくれました。本当にゴメンなさい。

午後から食事と買い物をしただけなのに、どうしてこんなに時間がかかるの…でもこれが「ベナン時間」なんです。

3月18日(水)「久々に…」

きのうのJKクラスのテストの最中、ゾマホンさんに「至急、先日の田中義剛さんの記者会見の内容をパソコンでまとめて原稿をつくるよう」頼まれ、JKのテストが終わった後、早速作業に取り掛かりました。本当はJKのテストの採点がしたかったのに…

原稿自体は早い時間に出来たんですが、ここから先が長かった…「ああ、この一言付け加えといて」とか「あっ、新聞社の名前入れ忘れた」等など。そんなことをしている間に日付は変わり、気がつけば午前2時半。ゾマホンさんは…近くのカフェテリアでビールを飲んでいました。あはは。

仕方がないのでそこまで行き、原稿を見せると「先生、この一言も入れといて!」その上、「先生もビール飲みますか」私は「ははは、ゾマホンさん。私はお酒が飲めませんよ!もし飲んだら、原稿は書けませんが、それでもいいですか」といい、でも機嫌が良さそうだったのでスプライトをごちそうになりました。「もうここまで来たら徹夜でもいいや」と開き直り、30分ほどゾマホンさんに付き合いました。

結局、原稿は午前4時半に完成。5時頃、寝ることが出来ました。久々にこんな時間まで仕事したなあ。

3月19日(木)「ガンビエ」

ガンビエレギュラークラスのテストが終わり、今日のクラスは16時から私が担当の会話クラスのみ。山瀬さんと約束して今日はここから40〜50分程のところにある水上のまち「ガンビエ」に行ってきました。私たちは以前から行きたかったところなので、気持ちはワクワク。

メンバーは山瀬さんとその友達の柳谷さん、鬼頭先生、私、フィルメンさんの5人。寺嶋さんは午後早い時間にゾマホンさんとベナン北部に行くということだったので、残念ながら一緒に行きませんでした。

待ち合わせはジャパンハウス。9時ごろ山瀬さん、柳谷さん到着、が山瀬さんの様子がおかしい。元気がありません。聞くと「おなかの調子が悪い」とのこと。大丈夫かなあ。

ガンビエに着いたとき、山瀬さんの顔色は真っ青。それでも、船に乗るための手配をしてくれました。

ガンビエ久しぶりの船に私たちははしゃいでいましたが、山瀬さんはガイドと少し話したり、横になったりとかなりきつそうでした。そんな山瀬さんが気になりながらも、珍しい光景に見とれていると「土産物屋」に到着。山瀬さんを船に残し、私たちは「土産物屋」に上陸。私と柳谷さんは1枚2000CFA(約400円)で絵を買いました。

その後、実際に人々が生活しているエリアに入っていきました。ガイドに「人の写真を撮るとお金を要求される」と言われていたので写真を撮ることはあきらめ、景色を眺めていました。物売りの船がたくさん集まった「マーケット」はとても印象的でした。写真でお見せできないのが残念です。

ぐるっと1週して帰ってきたころには山瀬さんの顔色はいくぶん良くなっていましたが、帰りに「ホテルココティエ(本当は病院です)」で診てもらうことに。柳谷さんはそのままジャパンハウスに来てもらい、会話クラスに参加してもらいました。柳谷さん、ありがとうございました。山瀬さん、お大事に!

3月20日(金)「停電」

今朝、シャワーを浴びていたらまたまた停電。ベナンでは日常のことです。ところが、今日の停電はいつもと違っていました。

シャワーを浴びた後、屋上で涼んでいたら、オヘル(近所の子どもです)がやってきて手招きします。下に降りると私の手を引っ張り近所のカフェテリアの方に連れて行きます。何事かと思ったら傾いた電柱と切れた電線。きっと車高の高いダンプカーのような車が電線を引っ掛けたんでしょう。

切れた電線はしばらく放置され、復旧したのは夕方近くでした。

3月21日(土)「ポヌさん、バクミナさん、いよいよ明日帰国!」

日本に留学中のポヌさんと、半年間の留学を終えたバクミナさんがいよいよ明日ベナンに帰国します。

ポヌさんは共立女子大に約半年留学した後、千葉大学で環境の勉強をして、苦学の末、今春東京大学の大学院の試験に見事合格!今回は学校が始まる秋までの凱旋帰国です。

バクミナさんは去年9月から約半年間、共立女子大に留学。彼女が日本に行くとき私たちも見送りに行きました。彼女も半年間の留学を終え、明日ベナンに帰国します。

こうして日本で頑張っている留学生のように、1人でも多くの生徒が日本で勉強できるよう頑張ってほしいものです。

早く2人に会いたいなあ。

3月22日(日)「ポヌさん、バクミナさん、お帰りなさい!」

今日は日本に留学中のポヌさんと、半年間の留学を終えたバクミナさんが帰国する日。早朝の飛行機で帰国するので、私たちも朝5時に空港へ出迎えに行く準備をしたら、ベロちゃんが「先生、行きません」と言います。外に出ると車がありませんでした。どうやら秘書のダベデさんとドライバーのフィルメンさんの2人で行った様子。仕方がないのでジャパンハウスで待つことに。

7時ごろポヌさんが「ただいま!」という元気な声とともに帰ってきました。私たちは「お帰りなさい!」と玄関で出迎え。私たちは朝食を食べ、ポヌさんはシャワーを浴び、今度はゾマホンさんのお母さんの3回忌のセレモニーに参加するため、ゾマホンさんの故郷ダサへ向かいます。帰国したばかりのポヌさんも一緒です。

ゾマホンさんのお母さんのセレモニー8時過ぎジャパンハウスを出て、ポヌさんは車内で朝食。そして車を走らせること約3時間、11時過ぎにダサに到着。ダサの教会でゾマホンさんと合流、教会の式に参列しました。教会は中に人が入れないほど多くの人が来ていました。その後、教会にほど近いゾマホンさんのお母さんの家にお邪魔しました。日本では亡くなった時のセレモニーはどちらかというと「しめやかに」行なわれるものですが、ベナンは歌や踊りがあって「にぎやかに」行なわれることが多いような気がします。こちらにも多くの人が詰めかけ、歌や踊りでゾマホンさんのお母さんを偲んでいました。

セレモニーは16時ごろ終わり、私たちは今日泊まるホテルに荷物を置いた後ダサ観光に出かけました。まずは山登り。ダサの岩山は日本で言えば丘くらいの高さですが、山が少ないベナンでは立派な「山」です。登り始めてみると岩がむき出しで滑りやすいところが至るところにありました。残念ながらブードゥ(現地の宗教)の関係で途中までしか登れませんでしたが、見晴らしは最高!ベナンに来てこういう景色を見るのは初めてだったので、とても感動!もちろん写真を撮りました。山を降りるときも滑らないように注意して歩いていましたが、ここに住む子どもたちはあっという間に駆け降りていきました。

ダサの山から町を望むその後、秘書のベロちゃんの家でベロちゃんのお母さんにジュースをごちそうになり少しくつろいだ後、今度はドライバーのイレネさんの家へ。こちらでも飲み物とお菓子をごちそうになり、ホテルへ戻りました。

ホテルで休んだ後、21時過ぎ夕食、ホテルから近いところにあるレストランへ。ここはダサへ来たときはいつも立ち寄ります。食事するところは屋外なんですが、今日はとりわけ暗かった。日本では暗いところで食事する機会はそうそうないと思いますが、ベナンではよくあることです。暗い中で食事すると何が口に入っているのか良くわからない不安からか、おいしさも半減します。今日の食事も明るければきっととてもおいしくいただけただろうに、とても残念。

ダサの山は岩山です食事が終わった時間はそれなりに遅い時間だったんですが、ホテルに帰らずゾマホンさんの親戚?という人の家へ。ダサの中心から30分ほど車を走らせたでしょうか。でこぼこ道を走り明かりも家もまばらなところにある一軒屋で車は止まりました。外へ降りると星がとてもきれい。私たちはしばし見とれていました。家に案内されましたが、電気が引かれておらずランプの光。当然室内はほの暗く、話をしなければ辺りは静寂に包まれます。鬼頭先生はこういうところで生活したいといってましたが、私は30分もいられないと感じました。時間が遅かったのですぐおいとましました。そのままホテルに帰ると思いきや、今度はブードゥの人の家にお邪魔しました。ベナンではこんな遅い時間に人が訪ねてきても平気なんだろうか。しかもこの家は犬がたくさんいて、吠えています。まさかこんなところに来ると思っていなかった私は、狂犬病の予防接種をしてくるんだったと思いました。幸い犬にかまれることなくこの家を後にすることができました。

ホテルに戻ったのは0時近く。明日の朝も早いので、シャワーを浴びすぐ寝ました。とても長〜い1日でした。

3月23日(月)「所ジョージ小学校の開校式」

カフェテリアで朝食今朝は5時40分起床。荷物を整理して6時に出発!の予定が、いつものベナン時間で結局7時30分ごろ出発。近所のカフェテリアでオムレツとパンとカフェオレの朝食。とてもおいしかった♪ところがいつも食欲旺盛の寺嶋さんの様子がおかしい。どうやらおなかをこわしたようです。

食後、所ジョージ小学校へ向け出発。今日は開校式です。ダサから北に延びる幹線道路は快適。目の前に地平線が広がる光景が何度も見えると、アフリカの大陸の広さを感じます。

ダサ~パラクへの幹線道路この幹線道路から1本でこぼこ道に入ってしばらくいったところに所ジョージ小学校はありました。小学校には多くの小学生、地元の人々、取材の人々が来ていました。調子が悪い寺嶋さんは車内に残り、私たちは開校式に参加させていただきました。

スピーチの合間に歌や踊りや劇が披露され、その後テープカットがあり、教室の中に入りました。教室は簡素な造りですが、ベナンの小学校は柱と屋根だけのところも多いので、それを考えればとても立派です。

所ジョージ小学校の教室所ジョージ小学校開校式

開校式が終わり、パラク(ベナンの北寄りにある比較的大きい町)で昼食を食べることになりましたが、寺嶋さんの具合が一向に良くならず、途中の薬局で薬を買って飲みました。

所ジョージ小学校開校式ゾマホンさんスピーチパラクのレストランに着いたのは夕方近く。寺嶋さんの具合は相変わらず。日本ではこういうときおかゆのようなものを除き食べるのを控えますが、ベナンでは食べるのが常識のようで、ゾマホンさんも寺嶋さんに食事するよう勧めていました。寺嶋さんはオムレツを注文して一口だけ食べました。

食事の後、ゾマホンさんは別の町へ向かい、私たちはコトヌー(ジャパンハウス)に戻ることに。パラク〜コトヌーは約6時間。寺嶋さんが気になります。途中再びダサに立ち寄り荷物を降ろしコトヌーへ。ジャパンハウスに着いたのは22時30分ごろ。帰ってからポヌさんとベロちゃんがラーメンを作ってくれました。おいしかった♪寺嶋さんの具合も薬が効いたのか、良くなっていました。

3月24日(火)「バクミナさん、お久しぶり!」

今朝、先日帰国したバクミナさんがジャパンハウスにあいさつに来てくれました。去年の9月に空港に見送りに行って、あれからもう半年経ったんだなあ。でもこの半年でバクミナさん、ずいぶん成長したなあ、逞しくなったなあ、日本語が上手になったなあ、と感心ばかりしていました。きっと日本で苦労したんだろうなあ。

でも、この経験は彼女を一回りも二回りも大きくしてくれたことでしょう。日本のいいところも嫌なところも見てきたことと思います。どうかこれからも日本語の勉強をがんばって続けて欲しいと思います。

3月25日(水)「ちょっと残念だなあ」

鬼頭先生担当の昼クラス(Lクラス)の時間、ポヌさんに日本での生活について話してもらいました。ポヌさんの口からは「日本での生活は甘くない!」という厳しいことばかり。生徒たちは黙って聞いていました。

最後に鬼頭先生がみんなに一言ずつ感想や意見を求めましたが、誰も話そうとしません。しばらくして体育会系のアキムさんが感想を述べ、ポヌさんにお礼を言いました。が、ほかの生徒からは何も反応がありませんでした。がっかりした鬼頭先生、授業を5分切り上げて部屋へ戻ってしまいました。

今日の夜、前回と違うテレビのクルーがベナンに到着、鬼頭先生と寺嶋さんがゾマホンさんとともに空港へ出迎えに。夜クラスがある私はジャパンハウスに残りました。

3月26日(木)「フントンジさん!」

今日の昼クラス(Qクラス)でのこと。今日は修了試験をみんなに返し、その答え合わせでした。

テストを返してもらったフントンジさん、先生の話を聞かずテストばかり見ています。聞き取りテストの答え合わせのときもCDを聞かず一心不乱にテストを見ています。先生が呼んでも返事もしません。よっぽどテストの点が自分が思っていた以上に悪かった様子。呆れた鬼頭先生、フントンジさんに構うことなく答え合わせを進めていきました。

フントンジさん、あなた英語の先生でしょ!あなたみたいな生徒がいたらどうしますか?

3月27日(金)「山瀬さん、お気をつけて!」

ジャパンハウス前の建設現場今日は週1回ジャパンハウスの休日。秘書のベロちゃんも休みなので朝食はありません。近所を少し散歩してジャパンハウスから程近いパン屋でバゲット(125CFA=約25円)を買ってジャパンハウスの屋上で食べました。きのう寺嶋さんの部屋に泊まった山瀬さんが9時半ごろ出かけていきました。私たちは10時ごろ買い物に出かけました。

今日の昼食はスタジアム近くのパン屋で買ったクロワッサンとチョコクロ(チョコが入ったクロワッサン)。クロワッサンはおいしかったけど、チョコクロはチョコが少なくイマイチ。日本でサンマルクカフェのチョコクロが食べたいよー!

チョコクロ午後は屋上でのんびりしてましたが、近所の人が日差しが強いのを心配して日陰に入れと言ってくれます(ジャパンハウスの屋上は日陰がありません)。そこで下に降り、ジャパンハウス前の木陰でのんびりしていました。

今日は山瀬さんが日本に帰国する日。夕方ジャパンハウスの日本人3人と山瀬さんで近所のBAR「Sportif」で食事することにしました。山瀬さんと私は鳥料理、鬼頭先生と寺嶋さんはピザを注文しましたが、「ベナン時間」ですからなかなか出てきません。飛行機の時間が迫っていたのでフランス語が出来る山瀬さんが店員に話し、ようやく出てきました。急いで食事を済ませ19時半頃ジャパンハウスを出て空港に向かいました。

20時少し前空港に到着。生徒代表のトスさんとA〜Iクラスのアムスさんが見送りに来ていました。チェックインの時間が遅れていて、みんなで空港の中にあるカフェでお茶しました。ここで飲んだコーヒー、1杯1000CFA(200円)とベナンでは高いんですが、とてもおいしかった。

そして21時少し前、チェックインが始まったようなので、外に出てみんなで写真を撮って山瀬さんと別れました。

「山瀬さん、お気をつけて!」

3月28日(土)「豪華な夕食」

今日夜のクラス(OPクラス)の最中、ゾマホンさんがやってきて生徒に挨拶、20時半まで授業なんですが、急遽20分早く授業を切り上げて夕食に行くことになってしまいました。OPクラスのみなさん、すみません。

急いでいた理由は日本のテレビクルーの方たちと待ち合わせをしていたためだったようです。ホテルでみなさんと合流、そのまま中華料理店“HAIKING”へ。ゾマホンさんは中国人の店員に中国語で注文していました。

料理は次から次へと出てきました。久しぶりの豪勢な食事に戸惑いながらも遠慮なくいただきました。

「ゾマホンさん、今日もごちそうさまでした」

3月29日(日)「日本での残念な思い出」

今日の15時半からはA〜Iクラス。先日ベナンに帰国したポヌさんとバクミナさんに日本の体験談を話してもらいました。その中でバクミナさんが「電車の中で座っていると私の隣に誰も座らない」ということを話してくれました。私がこのような状況に遭遇したらどうするかなあ、今であれば座るけれど、数年前だったらどうだったろう。みなさんは座りますか。座らない人はどうしてですか。怖いから?どう接していいかわからないから?

バクミナさんはきっと悲しかったに違いありません。

それに比べてベナンへ来た私たちに子供たちは笑顔で近寄ってきます。大人もほとんどの人が挨拶してくれます。街の中心に行けば時々嫌な思いをすることがありますが、ジャパンハウスの近所で嫌な思いをしたことはあまりありません。

日本のみなさん、アフリカ人は怖くありませんよ。きっと笑顔で接したら笑顔を返してくれると思います。

3月30日(月)「なかなか進まないので…」

毎週月曜日はMクラスのロジトさんにフランス語を教わっています。去年の11月に始めて、まだ動詞の勉強にたどり着きません。私の発音があまりに悪く、それを丁寧に直してくれるのと、お互いのスケジュールが合わずレッスンが中止になることも多いからです。それを察してくれたのか、ロジトさんから週1時間から2時間に増やしたいと言ってきてくれました。私の方はうれしいけど、ロジトさん、時間があるのかなあ。水曜日のMクラスの前なら時間があるということで、週2日、1時間ずつフランス語を教えてもらうことになりました。

「ロジト先生、よろしくお願いします!」

3月31日(火)「ゾマホンさん、お気をつけて!」

今日は1ヶ月半ほどベナンに帰国していたゾマホンさんが日本に戻る日。いつもだったら1回は生徒たちを学校に集めて話をするんですが、今回ジャパンハウスにいる時間がほとんどなく、それをする時間も取れなかったようです。

今日も夜のJKクラスの最中に北部から帰ってきて慌しく日本に戻る準備をしていました。21時半頃支度が終わり私たちも空港へ見送りに行きました。

空港でも今回は私たちと簡単に挨拶しただけでロビーへと消えていってしまいました。今回の見送りは本当にあっけなかったなあ。

「ゾマホンさん、お気をつけて!」

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